DAIGO

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DAIGO
基本情報
出生名 内藤大湖
別名 DAIGO
DAIGO☆STARDUST
出生 1978年4月8日(32歳)
血液型 AB型
学歴 玉川大学文学部芸術学科中退
出身地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本, 東京都
ジャンル J-POPロック
職業 シンガーソングライター
ミュージシャン
タレント
担当楽器 ボーカル
活動期間 2003年 -
レーベル ビクターエンタテインメント
(2003年 - 2006年
ZAIN RECORDS
2007年 - )
事務所 A-PLUS
共同作業者 BREAKERZ
影響 デヴィッド・ボウイ
B'z
BOØWY
氷室京介
公式サイト BREAKERZ OFFICIAL SITE
  

DAIGO(ダイゴ、本名:内藤 大湖(ないとう だいご)、1978年4月8日 - )は、日本シンガーソングライターミュージシャンタレントで、現在はBREAKERZのメインボーカル東京都出身。母方の祖父は竹下登第74代内閣総理大臣)。

玉川学園中等部・高等部を経て、玉川大学文学部芸術学科(音楽専攻)に進学するも中退。

2003年DAIGO☆STARDUSTとしてメジャーデビュー。BREAKERZ結成とともにDAIGOに改名した。身長178cm。体重55kg。血液型はAB型。

目次

概要

兄の持っていたBOØWYのCDをきっかけに[1]音楽に目覚め、バンド活動を始める。 メジャーデビュー前はSIAM SHADEの後輩バンドJZEILのボーカルとして活動。当時は、様々なヴィジュアル系バンドが活動する中で、金髪とど派手なメイクとセクシーな衣装がトレードマークだった。元・Due'le quartz雅(現・雅-miyavi-)や元・DAS:VASSERの響兵などと交流があった。その後も地道に音楽活動を続けていたが、偶然彼をVTRという形で見る機会があった氷室京介の目にとまり、BOØWYより多大な影響を受けていた彼に氷室が自らデビュー曲のプロデュースを申し出る。そして2003年7月21日、25歳で「DAIGO☆STARDUST」として、氷室の『Claudia』の曲にDAIGO☆STARDUSTにより新たに作詞された歌詞の『MARIA』でメジャーデビュー[2]。メジャーデビュー当時は竹下登の孫であることを伏せていたが、その後事務所によって公表される[3]

所属事務所は A-team2007年に音楽活動の拠点をビーイングに移籍し、3人組ロックバンド「BREAKERZ」として活動を開始。同時にDAIGOに改名し現在に至る。改名後はテレビタレントとしても人気を博し、竹下登元首相の孫と思えぬ若者言葉で話すギャップ性や、革手袋でポーズをとり(親指を立てたコルナで手の甲を表に向け、クロスさせた状態)「うぃっしゅ!」というきめ台詞が流行するなど、その言動が注目を集め、BREAKERZの知名度も上がりデビュー以来スマッシュヒットを連発している。好きな言葉は「クール&スペイシー」、口癖は「そうっスね」「確かにィ」「マジ行っちゃってイイっすか?」(下記参照)。

家族・親族

ディスコグラフィ

いずれもDAIGO☆STARDUST名義のもの。BREAKERZについては、そちらの記事を参照。

シングル

  • 『MARIA』(2003年7月21日)
  • 『永遠のスペースカウボーイ』(2003年10月22日)
  • 『ROCK THE PLANET』(2004年4月21日)
  • 『デイジー』(2004年7月21日)
  • 『SCAPEGOAT』(2005年6月22日)
  • 『SUPERJOY』(2005年9月22日)

アルバム

  • 『The space toy』(2003年11月21日)
  • 『HELLO CRAZY GENTLEMAN』(2005年11月23日)
  • 『DAIGO☆STARDUST BEST』(2009年2月25日)

DVD

  • 『SPACEY TV SHOW』(2004年12月16日)
  • 『DAIGO☆IMPACT』(2007年4月29日)
  • 『DAIGO TV』(2009年4月8日) - 改名後初のDVD

番組内企画

  • 『黒い薔薇のかほり』   (2009年12月2日発表・発売未定・2010年3月、抽選で1万人に着うたフルで、無料配信される。・バンド名「ル・クルーゼ」名義、コーナーテーマ曲、2010年2月、BREAKERZのライブでも披露された。2010年3月17日放送の「いいとも!」で、無料配信の応募は18万909件で、その中から1万人が当選したが、DAIGOも応募して当選したことが分かった。)
  • 『ポン・チー・カン』   (2009年12月9日発表・発売未定・バンド名「マンチカン」名義)
  • 『黒い稲妻のイルミネーション』 (2009年12月16日発表・発売未定・バンド名「ブラックサンダー」名義)
  • 『VIVA!凱旋門』     (2010年1月6日発表・発売未定・モン・シュシュのテーマ曲として作成(公認されているわけではない))
  • 『GO!GO!1000~第五行進曲~』  (2010年1月27日発表・発売未定・バンド名「チヒロバンド」名義)
  • 『スクランブル喜怒哀楽』   (2010年2月3日発表・発売未定・バンド名「PARM」(ピーエーアールエム)名義)
  • 『情熱のバルセロナ』     (2010年2月10日発表・発売未定・ユニット名「アメーラ」名義、渡辺直美とのユニットで、DAIGOと一緒に歌った。)
  • 『顔面蒼白』     (2010年2月17日発表・発売未定・ユニット名「ほわり」名義)

いずれも「森田一義アワー 笑っていいとも!」水曜日コーナーで発表。作詞・作曲DAIGO。作成期間わずか1週間。最新の流行ワードを絵にするコーナーで、本来の意味と違う絵(ビジュアル系バンドなど)を描いたことにより、「じゃあ来週このバンドの曲を探してみよう」という流れになり、本物のバンドがいるという体(てい)で次の週のいいともまでに曲を作ったというものである。しかし、バンドの絵を描いていないのに無茶ぶりで無理やり曲を作らされることもある。それとは逆に、誰からも話を振られていないのに自分から歌手の絵をわざわざ間違って描き、その歌手の曲を作ることに自分から飛び込むこともあるなど、サービス精神旺盛な一面を見ることができる。また、作った曲のラストは曲調と関係なくすべてDAIGOのデスボイス(シャウト)で終わるというオチがある。

出演

テレビ

レギュラー
準レギュラー

過去のレギュラー番組

テレビドラマ

声の出演

CM

ポスター

ラジオ

  • The Space Toy(AIR-G'、-2005年12月29日)

ドラマCD

備考・エピソード

  • 「大湖」という名前は「大きい湖のように広い心を持った人間になれ」という意味で名付けられた[5]
  • BOØWYを聴いてロックを始めようと思い立ちクラシックギターを習いに行ったが、なにか違うと思いすぐに辞め独学でエレキギターを練習した[6]
  • テレビ出演時は典型的な若者口調でしゃべり、常に指貫グローブを着用している。また、胸の前で腕をクロスさせる決めポーズ(本人はロックポーズと言っているが、正確にはロックポーズではなく、メロイック・サインである)が特徴。愛用の指貫グローブは毎日しっかり畳んでしまっている。中には「Roen」製やL'Arc〜en〜Cielhydeに貰った指貫グローブやJanne Da Arcのyasuとお揃いのグローブもある。
  • スーパーの仕出しとカラオケボックスの店員のバイト経験がある[7]
  • 2003年のメジャーデビュー時は「宇宙から舞い降りたロック王子」という設定で「DAIGO☆STARDUST」を名乗る。しかし、演じる本人が厳しくなり、ビーイング移籍を機に封印した。当時は「スペイシー・ハグ」「スペイシー・よちよち」など、自身の行為に「スペイシー」の接頭辞をつけていた。
  • 竹下内閣消費税を導入した際、張本人の孫ということで随分と責められたという。トークのネタに祖父の支持率最低記録「8%」をよく引用する。また祖父が総理の時導入した消費税の税率「3%」も引用する。
  • 祖父が総理大臣当時の9歳の時に、新年会で初めて総理大臣官邸を訪れたが、本人曰く「早く帰りたくてしょうがなかった」。なお当時の自宅も12部屋ある豪邸であった。
  • 15歳のとき、小渕恵三元首相からお年玉として5万円をもらったことがある。竹下登のお年玉が3万円だったことから、小渕を祖父の次に尊敬し「小渕さん、リスペクトですよ」と語っている。[8]
  • 実家には平成元号が書かれた色紙や竹下登の総理大臣任命書、ローマ法王からの贈呈品やフランススペインセネガルからの勲章などが秘蔵されている。これはMBSTBS系のテレビ番組『世界バリバリ★バリュー』でも紹介された。『うたばん』で平成の元号を鑑定してもらったところ、「価値が高すぎて鑑定できない」との結果が出た。
  • 2008年7月、竹下登がDAIGOの枕元に現れた夢を見たといい、それ以後「おじいちゃんネタは封印する。」と語った。
  • Janne Da Arcのボーカルのyasuを兄貴分として慕っている。L'Arc〜en〜Cielのライブを見に行った際にhydeの熱狂的ファンで交流もあるyasuと出会い、それ以来の付き合い。祖父の名前を出すか迷っていたときにyasuに相談したところ「家族なんだから何も後ろめたいことないやん」と言われ、今に至る。
  • yasuのソロプロジェクトであるAcid Black Cherryの主催イベント「SWAPPING ROCK PARTY!」にもBREAKERZとして出演。DAIGOがブレイクする前の2007年のイベントにも参加していた。このときに「ういっしゅ」と共にDAIGOオリジナルロックポーズが誕生(yasu曰く、本当のロックポーズは親指を立てず中指に付け悪魔の数字「6」を現すが、DAIGOが間違えてしまったらしい)。
  • 姉である影木栄貴原作のドラマCD「トレイン☆トレイン」に児玉建(南北沢駅元駅員、現ホスト)役で特別出演している。
  • クイズ番組では知識・教養部門に強く、『ネプリーグ』のファイブツアーズバギーでは9問連続正解、『熱血! 平成教育学院』でも2位という成績を残している。
  • 物真似が得意であり、十八番はサザンオールスターズの「TSUNAMI」である。
  • 新世紀エヴァンゲリオン』に登場する惣流・アスカ・ラングレーのファンである。『踊る!さんま御殿』でアスカ役の宮村優子と共演した際、自分がMであることを告白した。さらにその収録後、宮村に頼んで自身の目覚まし時計に彼女の声をアラーム音として録音している[9]
  • ビーイングの先輩であるB'zの大ファンであると自身のブログで語っている[10]
  • 2008年10月島根県のトークショウを主催した際、ゲストとして大叔父・竹下亘が出演し、自身をよろしくと発言したことで選挙の事前活動が露骨的とメディアや地元民からも批判が出ている[要出典]。なお同時期より出演そのものが亘の選挙活動に有利に働くとの理由でNHKは自局への出演を見合わせており、事実上の「出入り禁止」扱いとなっていると報じられた[11]
  • 口癖は「うぃっしゅ」(TVの字幕ではカタカナで「ウィッシュ」と表記される事が多いが、本人曰く「うぃっす」から派生させたので正確にはひらがな表記が正しいとのこと)「ガチで」「確かにぃ」「みたいな〜」「まじっすか」「ハンパないっす」「やばくないっすか」など多数存在している。この独特の口調は、いいともでもタモリによく真似をされる。
  • 女性のニーハイソックスを推しており、たびたびレギンスよりニーハイソックス派であることを語っている。また、『しゃべくり007』ではチュートリアル徳井と共に絶対領域について周囲に説明していた。
  • ドラマ『ラブシャッフル』の共演以来、俳優の玉木宏とは親友の間柄。互いを「DAIGO君」「玉木タン」と呼び合い、DAIGOは玉木からパンツをプレゼントされるなど親睦を深めている。また、「天才!志村どうぶつ園」で共演している相葉雅紀とも親しい。
  • 毎日欠かさず仏壇に線香をあげ、手を合わせると云う一面を持っている[12]
  • 座右の銘は「我が道を行く」。幼い頃、よく祖父に聞かされていたからだと云う[12]
  • 2010年1月23日放送のTBSテレビチューボーですよ!」にて、ゲストの仲代達矢に「最近注目している若手」とコメントされる。

脚注・出典

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  1. ^ 姉の影木栄貴の著書「エイキエイキのぶっちゃけ隊!!」
  2. ^ごきげんよう」ではこのことについて「氷室さんがいなかったら自分はデビューできなかったかもしれない」と語っている。
  3. ^ インターネット・アーカイブ. "竹下元首相の孫が歌手デビュー". 2008年9月2日 閲覧。
  4. ^ 2009年9月15日放送のミリオネアスペシャルのテレホンに登場
  5. ^ 2008年9月26日放送『音楽戦士 MUSIC FIGHTER
  6. ^ LipLog. "LipLogインタビュー ロックアーティストになろう、とDAIGOさんが意識しはじめたのは?". 2008年9月2日 閲覧。
  7. ^ 2009年11月20日放送『笑撃!ワンフレーズ』(TBS)
  8. ^ 株式会社G.B.発行 「激動の日本を動かした最高権力者の本懐 内閣総理大臣ファイル」
  9. ^ 2008年6月28日 アリオ亀有でのトークショーにて
  10. ^ 2008年9月21日DAIGOブログにて
  11. ^ 「東京スポーツ」2008年10月16日記事
  12. ^ a b 1億人の大質問!?笑ってコラえて! 2009年5月13日放映分にて。

関連項目

外部リンク