阿久津幸彦
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| ファイル:Flag of Japan.svg衆議院議員 阿久津 幸彦 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1956年6月26日(53歳) |
| 出生地 | 東京都 |
| 出身校 | ジョージ・ワシントン大学院 |
| 学位・資格 | 国際政治学修士 |
| 前職 | 国会議員秘書 |
| 所属委員会 |
衆・国土交通委員会理事 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 東京24区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 所属党派 | 新党さきがけ→民主党(菅グループ) |
| 党役職 | 副幹事長 |
| 会館部屋番号 | 衆・第1議員会館322号室 |
| ウェブサイト | 阿久津幸彦事務所オフィシャルWebサイト |
阿久津 幸彦(あくつ ゆきひこ、1956年6月26日 - )は、日本の政治家。民主党衆議院議員(3期)。東京都八王子市八木町在住、家族は妻・長女。
経歴
東京都立北園高等学校、米国首都ワシントンD.C.にあるジョージ・ワシントン大学、同大学院卒業。民主党を代表する国際派。10歳のとき、ジョン・F・ケネディの伝記を読み、政治家を志す。1984年から約10年にわたって、石原慎太郎の秘書となる。1993年には東京都議会議員選挙(三鷹市選挙区)から無所属で立候補するも、落選。そののち、菅直人の誘いにより新党さきがけに入党し、1994年から約2年間、菅直人の片腕として政策委員をつとめ、多くの政策立案に活躍。ラジオの生番組で、中高生からいろいろな質問を受けていた菅氏は「同じ議員の中で一番信頼できる人は誰ですか?」との中学生からの質問に「阿久津幸彦君です」と即答して側近スタッフをあわてさせたこともある。1996年旧民主党結党に参加。2000年の第42回衆議院議員総選挙で民主党公認で初当選(選挙区は東京都第24区=八王子市)。菅「次の内閣」国土交通大臣のもと、総括副大臣に就任し、官製談合防止法の提出、あっせん利得処罰法、踏切道改良促進法の改正案などの成立に尽力した。また、「ミスター年金」との異名をとる長妻昭との同期当選となり、今なお、いろいろな政策について語り合う仲である。また、静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わった[1]。2003年の第43回衆議院議員総選挙で自民党の萩生田光一に敗れるも、比例代表で復活し、2期目の当選。しかし、2005年の第44回衆議院議員総選挙では、萩生田に再び敗れ、比例復活も果たせなかった。落選中は小川敏夫参議院議員の政策秘書を務めていた。2009年8月、第45回衆議院議員総選挙で萩生田に比例復活を許さないほどの大勝で、3期目の当選を果たした。
2009年10月、民主党副幹事長に就任。

