インド国定暦
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インド国定暦とは、様々な暦が存在するインドにおいて、1957年以来「統一暦」として公式に採用されている暦である。サカ暦(またはシャカ暦)を元にしたインド太陽暦に基づいており、「国定暦」以外にサカ暦、国民暦、ヒンドゥー暦と呼称されることがある。インド政府及び主要メディアはこの暦とグレゴリオ暦(西暦)を併用することが多い。また各地域/民族はイスラム暦やベンガル・カレンダー等地域/民族固有の暦と併用することが多い。
西暦から78年(または79年)を引くと国定暦(サカ暦)の年になる。例)インド国定歴(サカ暦)1886年→西暦1964年
年始はグレゴリオ暦の3月22日(閏年は3月21日)。 インドではサカ暦以外にもサカ紀を紀元とする暦が多く存在する。
目次 |
国定暦
| 月 | 名称 | 期間 | グレゴリオ暦開始日 |
|---|---|---|---|
| 1 | カイトラ/チャイトラ*1(Chaitra) | 30/31 | 3月22日*2 |
| 2 | ヴァイサカ/ヴァイシャーカ(Vaishākh) | 31 | 4月21日 |
| 3 | ジャイスタ/ジャイシュタ(Jyaishtha) | 31 | 5月22日 |
| 4 | アーサダ/アーシャーダ(Āshādha) | 31 | 6月22日 |
| 5 | スラバナ/シュラーヴァナ(Shrāvana) | 31 | 7月23日 |
| 6 | バードラ/バードラパダ(Bhādrapad) | 31 | 8月23日 |
| 7 | アスビナ/アーシュヴィナ(Āshwin) | 30 | 9月23日 |
| 8 | カルディカ/カールッティカ (Kārtik) | 30 | 10月23日 |
| 9 | アヴラハヤナ/マールガシールシャ(Agrahayana/Margashirsha) | 30 | 11月22日 |
| 10 | パウサ/パウシャ(Paush) | 30 | 12月22日 |
| 11 | マーガ/マーガ(Māgh) | 30 | 1月21日 |
| 12 | パルグナ/パールグナ(Phālgun) | 30 | 2月20日 |
*1:月の日本語での読み方は『現代こよみ読み解き辞典』[1]及び『南アジアを知る事典』[2]を参照
*2:閏年の場合、カイトラ/チャイトラ(第一月)は31日間で西暦3月21日に開始する。太陽の黄道に基づき、一年の前半の月はすべて31日間となっている。
月の呼び名はヒンドゥー教の太陰太陽暦から引き出されており、発音や綴りが何通りも存在するため、混乱や議論の元となっている。
この暦ではサカ紀の起源を0として数える。これが西暦(紀元後)78年に当たるため、西暦から78年引くとサカ暦に換算できる。閏年を調べるには、サカ暦に78年を足し、その合計数が西暦で閏年か確認する。
経緯
暦法は、インドで最も古い学問の一つであり、ヴェーダ補助学として古代に成立した。太陽や月の位置から割り出した暦法は、後に占星術とともに伝えられたヘレニズム天文学に影響され変化を遂げていったが[3]、さらに、インドの長い歴史の中でそれぞれの地域で固有の暦が発展していった経緯がある。このため、独立したインド政府は改暦委員会を設け、1957年にヒンドゥー暦等を統一するための天文学的公式を発表。しかし、こうした努力にも関わらず依然古文書を根拠とする地域もある。
インド国定暦は、サカ暦1879年カイトラ/チャイトラ月1日(西暦1957年3月22日)に正式に開始したが、未だに(特に新年に関し)各々の暦を優先する風潮も残っている。[1]
ラーシュトリーヤ・パンチャーンガ
改暦委員会は、多くの地域で用いられている暦と同様に10世紀発行『スーリヤ・シッダーンタ』(中世インドの数学及び天文学論文)に基づく太陰太陽暦を定義した宗教用の暦「ラーシュトリーヤ・パンチャーンガ」も発行。
「パンチャーンガ」とはサンスクリット語「パンチャンガム」に由来しており、暦を構成する5つの項目、すなわち太陰日、太陰月、半日、太陽と月の角度、太陽時を指し、古来からインドでは様々な団体により発行されてきた。
ラーシュトリーヤ・パンチャーンガでは、月は、日の出時の恒久星座に対する太陽の位置に基づき、満月の対蹠地点を観測することで計算される。恒久星座を用いた計算により固定閏年の規則は避けられるが毎月の日数が1日ないし2日ずれてしまう。グレゴリオ暦に日付を変換したり、週の曜日計算には天体暦に精通している必要がある。故に、一般市民は地域の天文学的権威が発行するパンチャーンガないし生活暦を参照する。
パンチャーンガは様々な団体から発行されてきたが、時間が経つに連れ、パンチャーンガの権威とされる団体数も増え、各々の地理的な差異や計算方法の差異が現れ始め、地域間で数日の隔たりがある暦が作成されるようになった。同一地域内でも複数の団体が存在することがあり、稀にではあるが、祭日の設定にひと月近い隔たりが生じる場合もある。統一暦「ラーシュトリーヤ・パンチャーンガ」はこのような宗教祭日の混乱を避ける目的で作られた。
関連項目
脚注
参考文献
- 『現代こよみ読み解き事典』岡田 芳朗, 阿久根 末忠、柏書房、1993年
- 『南アジアを知る事典』辛島 昇, 江島 恵教, 小西 正捷, 前田 専学, 応地 利明、平凡社、新訂増補版版、2002年
- 『アジアの暦 (あじあブックス) 』岡田 芳朗 、大修館書店、2002年発行
- 『占星術師たちのインド―暦と占いの文化』矢野 道雄、中央公論社、1992年発行
外部リンク
- Calendars and their History (by L.E. Doggett)
- Indian Calendars (by Leow Choon Lian, pdf, 1.22mb)
- Positional astronomy in India
- India Image website
- Hindu Panchang for the world -- Calculated for different cities
- Why Can't I use Indian Panchangam abroad (Difference in festival celebration dates)
- 暦の基礎知識

